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モモーイのBlogを読んで(2008-06-10)

2008年6月8日千代田区外神田の中央通りで起きた事件について」@桃井はるこOfficial Blog「モモブロ」 を読んだ感想。 この事件にはここで触れるのも嫌でしたが、私が思っている事、触れたくもなかった理由が書かれているような気がするので、ここに書き留めておきます。

とりあえず元記事を一読して欲しいです。長文ですがそれだけの価値があります。

特に反応したところをいくつか引用します。

わたしには、秋葉原の中央通りに、沢山の想い出があります。
(中略)
わたしは「絶対、ここが世界中で今、一番楽しい場所だ!」と思いました。
他にもいっぱいいっぱい素敵な想い出があります。

わたしにとっては、並木道の葉の一枚一枚、道路の色さえいとおしい、想い出が染みついている街なんです。
訪れるだけで、心が楽しくなる場所です。

私も同じ気持ちです。物心ついたときから秋葉原にあるものに興味があったというか、私の好きになるモノ、なりそうなモノは常に秋葉原にありました。目的があって行くのではなく、行く事自体が目的になっています。

そんな秋葉原で、痛ましい事件が起こされた。
こんなことなら、少し騒ぎがあったときに歩行者天国をやめてしまっていればよかったと、今言っても、もう取り戻せない。
亡くなった人は帰ってこないのです。傷ついた人の傷は癒えないのです。
今まで感じたことがない気持ちがこみ上げてきます。
もうあそこであんなふうに笑うなんて、できないのかと思います。
「みんなの憧れや楽しい気持ちを返せ!」

事件が「起こされた」…そうですね。町会の要望によって歩行者天国の廃止が検討されはじめた(→「これ以上イメージ悪化避けたい」 秋葉原「ホコ天」廃止検討@niftyニュース」)そうですが、後悔先に立たず、でしょうか。秋葉原の歴史に消えない汚点が付いてしまい、忘れたふりをしていてもあそこを通る度にあの光景がフラッシュバックするでしょう…。

秋葉原の「ホコ天(歩行者天国)」については、「秋葉原に来れば何でもできるという仮想世界が作られることは、マスコミにも責任がある」
(「これ以上イメージ悪化避けたい」 秋葉原「ホコ天」廃止検討@niftyニュース」)

これが一番大きい。正確にはマスゴミコミが「秋葉原の歩行者天国は何をしてもいい無法地帯である」というイメージを作り上げ、それにより「パフォーマー」があふれ、それを見物しに来る「観光客」が増えたこと。

そもそも歩行者天国は繁華街において自動車と歩行者を隔離し、歩行者の安全を図り、経済を活性化させる事を目的としている訳で、乱痴気騒ぎをさせるためにあるのではないのです。完全廃止には反対ですが、現状では休止はやむなしと思います。「パフォーマー」と「観光客」が居なくなるまで。

脇道にそれましたが、桃井はるこ(モモーイ)は9日の朝に献花しに行ったそうです。その時の事が改めてショックで…。

わたしは献花台の近くまで行くと「すみません」と声をかけて道を開けてもらおうとしました。
そうすると、次々に声を掛けてくる人に取り囲まれました。
「被害者の方の関係者ですか」「亡くなった方のお知り合いですか」……。
同じことを何度も聞かれましたが、わたしはなるべくご迷惑にならないように、早くお花をお供えすることしか考えていなかったので、
何も言わず献花台の前でお花の包装を解きました。すると、一斉にすごい数のフラッシュが光りました。
わたしは「写真を撮らないでください」とお願いしました。
しかし、わたしがお花を置くと、また光ります。もういちど「写真を撮るのをやめてください」と言いました。

その後何度も撮影を止めるように言ったにも関わらず無視して撮影を続けるマスコミ連中。(→アキバBlogに画像あり)

その後も、追いかけてきたり、名乗りもせず「遺族の方ですか」などと何人にも声を掛けられました。
「違います」と言うと去っていきます。ものすごくものすごく嫌な気持ちでした。

何を思って声を掛けたんでしょう?仮にモモーイが「遺族です」「関係者です」「知り合いです」と言っていたらどう反応したのか?

自明ですね。嘆き悲しむ画を撮りたかったんでしょう。そしてそれを出来る限りセンセーショナルに仕立て上げるのです。「数字が取れて」「ウケる」からです。

多くのテレビ番組では、アキバ系のオタクは気持ち悪く、笑い者にする対象として扱われます。
わたしにも「バラエティー番組でオタ芸大会をするので桃井さんとファンに出演してほしい」というような依頼がしばしばあり、お断りすることがあります。
もしそのような番組に出ていたとしたら、どんなふうに取り上げられるのでしょう。
少し奇抜な格好をしている時もあるし、面白い踊りを踊るけど、ルールを守り、席を譲り合ったり、ごみを拾って帰ってくれたり、紳士淑女であるわたしのファンの人たち。
ここで献花台の前を塞いでいる人たちと、どっちがまっとうなんでしょうか。

私は「オタ芸」は嫌いだし、その存在自体認めたくないのですが、趣旨は分かります。

報道を見ていると、何とかして犯人を「アキバ系のオタクの異常者」と決めつけ、お約束の「ゲームの影響」「アニメの影響」と切って捨て、現在の派遣労働の実態という大きなウエイトを占めているはずの背景からは目を背ける、目が行かないように仕組む(まさに「不都合な真実」だからだ)、ただ「ウケる」ことばかり考えている「献花台の前を塞いでいる人たち」(=マスコミ)は明らかに異常。

不謹慎ながら「HELLSING」の少佐の台詞が頭をよぎります。

「狂ってるよ貴様ら」

「ふうん 君らが狂気を口にするかね?ヴァチカン第13課局長」

「ああそうだ おまえ達はまともじゃない」

「ありがたいことに私の狂気は君達の神が保障してくれるというわけだ
よろしい ならば私も問おう

君らの神の正気は
一体どこの誰が保障してくれるのだね?」

もちろんここでの「貴様ら/おまえ達/私」は「アキバ系のオタク」、「ヴァチカン第13課局長/君達/君ら」はマスコミです。

今回の件に限らずマスコミは「我々こそが第4の権力者である」と言わんばかりの傍若無人さを見せつけていて、それが顕現したと言う事でしょう。

きっと私はこれからも秋葉原に通い続けるんでしょう。でもこの事件の事は忘れられないと思います。亡くなった人の冥福と怪我をした人の快復を祈ります。

秋葉原がまた趣味人と買い物客が行き交う街に戻りますように。

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